僕の夏休み vol.3

今週のお題「自由研究」

ぼんっ

ふわふわの可愛らしい狐の姿に戻った彼女は、チラッと俺を見て、走り出した。

小さな体で意外と早足、ついて行くのもやっとだった。

田んぼ道、道路、集落とどこを通ったかも分からないスピードで駆け抜けていく。

どこまで行くんだこのチビ助。
酸欠の頭で文句を垂れていると、彼女は突然足を止めた。

うわ!
ふわふわの尻尾を踏んづける直前でなんとか自分も留まる。

やべ、考えてた事バレた?
もしかして狐って頭の中読めるの?

少しヒヤッとしながら、恐る恐る前を見る。

彼女の視線の先には小さな公園。
2つ座るところがあるブランコとすべり台、小さな砂場があるだけだ。

この炎天下、日陰もない砂場で5歳くらいの男の子が一人で遊んでいる。

ぼんっ

白いワンピースの少女が現れた。

ユイ「あの子ね、私の友だちなんだ。」

あ、バレてなかった。
少しほっとして、話に耳を傾ける。

た「ともだち?」

ユイ「そう。でもね、ずっと元気がないんだ。
          笑わないの。だからね、たけふみくんに
          あの子を笑わせてほしいの。」

た「笑わせるって…どうしたらいいのさ。
       俺、お笑いとかあんまり見ないんだけ
       ど。」

ユイ「いいからお願い!」

どんっ!

強く背中を押されて、公園に放り込まれた。
大した説明も無しになんて勝手なんだ。
当の本人は、狐の姿に戻り、すべり台の後ろに隠れて心配そうにこちらを見ている。

だいたいユイの友だちなのになんであいつは来ないんだ。

少しイラッとしながら一人で遊ぶ男の子に近づく。

た「や、やあ。こんにちは。何して遊んでる
       の?」

目の前には一人で遊ぶ小さな子ども。そこに歩み寄るぎこちない笑みの見知らぬ男(小学生)。

やべー!!
これじゃあ完全に怪しいやつじゃねえか。
通報とかされねえよな?

冷や汗だかなんだかダラダラ流れる。

男の子「…別に。」

ピシャリ
か、かわいくねーー!!

ピクピクと引きつった口角を何とかさらに引き上げて話を続けようとする。

た「お、俺今すっっっごく暇なんだ。
       てか最近砂遊びとかやってみたいな〜と思
       ってて、良かったら遊び方教えてくれな   
       い?

男の子「お兄ちゃん大きいのに砂遊びもやった
              ことないの?」

あるし!!!!
小さい時山に穴開けて川とか作ったし!!!

た「ま、まあね。だからお願い!俺にもやらせ
       てよ。」

男の子「…いいよ。今大きなお山を作ってるん
              だ。だから砂をたくさん集めるんだ  
              よ。」

た「へえ、なるほど!ありがとう!!  
       ところで俺はたけふみっていうんだけど、
       師匠のお名前は?」

砂遊びの教えを乞う立場なのだから師匠で差し支えないだろう。

男の子「かなた。」

た「かなたか〜いつもここで遊んでるの?」

か「うん。そうだよ。」

た「公園、暑くない?」

か「暑いけどお家にいると、迷惑掛けちゃうか
       ら。」

家にいると迷惑?
どういう事だ。

た「迷惑もなにも。自分の家なんだから居たけ
       りゃ居ればいいんじゃないの?」

か「…僕はなんにも出来ないくせに、食事だけ
       は1人前だからお金が掛かるんだ。
       それに僕、お父さんに似てるんだって。
       お母さんを苦しめたお父さんに似ている僕  
       がお家に居ると、お母さん泣いちゃうん
       だ。

言葉が出なかった。
これが子供のいうこと?意味わかってるのか?
5歳くらいで自分をここまで卑下するなんて普通じゃない。
母親から何度も何度も刷り込まれたのだろう。

「笑わせてほしい。」

ユイの言葉を思い出す。
これはかなり難関なミッションを与えられたんじゃないだろうか。

こんな事情は聞いていない。
やるとも言ってないし。

そもそもユイの友だちだ。
俺には関係ないじゃないか。

断る理由は星の数ほど浮かんでくる。
ただ…

た「かなたはお母さんの事すき?」

か「うん、大好き。  
       僕が悲しませるような事をしなければ、
       すっごく優しいんだ。このスコップとバケ
       ツだって、お母さんがくれたんだよ。」

自慢げにボロボロのそれらを持ち上げる。

そんな酷い事を言われてまで好きだと言える事が理解できなかった。
スコップとバケツなんてこの歳なら買ってもらって当たり前じゃないか。

家族からそんな攻撃を受けたらと考えると、自分はどうするのか、想像もつかなかった。

た「そっか!じゃあそのバケツ貸してくれ!
       兄ちゃんが砂いっぱい詰めてくるか
       ら。」

か「まかせたぞ。」

少し上から目線で言われ、笑ってしまう。
お盆休み初日の出来事。
この3連休が終われば、じいちゃん家から帰らないと行けない。
残りあと2日でこの子を笑わせられるだろうか。

事情を聞いてしまったからにはお兄さんとして放っておけない。

ああもう!!!
やるしかない。絶対に笑わせてやる!!!
待ってろユイ!かなた!!